自分自身の力で切り開いていけるように。「メスキータ展」

「シマウマっていうのは、生きている木版画だだ。そのシマウマをもう一度木版にすることは、自制しなくちゃいけない。」
あとになって、彼自身が木版画で《シマウマ》を制作していたことを知り、私はどんなに驚いたことか。

メスキータ展 図録より

上のエピソードは、だまし絵で広く知られている奇想の版画家・エッシャーがつづった、恩師メスキータとのやりとり。しかも「メスキータ展」の会場では、このエピソードの横に、メスキータの作品《シマウマ》が展示されている。

目上の人の言っていることと行動が違っていて、思わずツッコミを入れたくなった経験、一度はある。そんなやりとりが、エッシャーとメスキータの間にもあったというのは、なんだか人間味を感じて、親しみを覚えた。

オランダを代表する芸術家、サミュエル・イェスルン・デ・メスキータ。彼は1868年、ポルトガル系ユダヤ人の家庭に生まれ、ハールレムやアムステルダムで、画家・版画家として、またデザイナーとしても活躍。さらに美術学校の教師としても教鞭をふるった。その教え子の一人が、エッシャーだった。

私はエッシャーのことは子どもの頃から知っていて好きだったけど、メスキータのことは東京ステーションギャラリーでの回顧展で初めて存在を知った。彼の作品は、ほとんどがモノトーンで、線の太さや細さ、向きの調整で陰影や輪郭を生み出し、版画でこんなにも多彩な表現ができるのかと、ただただ見とれていた。

当時(19世紀末〜20世紀初頭)は異国趣味を追い求める風潮があり、動物園や温室にさまざまな動植物が集められ、それをデッサンすることができたそう。メスキータは鳥類に強い関心をもち、《マナヅル》や《オニアオサギ》の作品を残し、花のモチーフも得意としていたという。

メスキータってどんな人だったのだろう? そう思って調べてみたけど、日本には彼を中心にした書籍が見つからなかった※。エッシャーに関する書籍のなかで、エッシャーの目を通したメスキータが描かれている。

※今回の展覧会で販売している図録が、メスキータについてまとまった唯一の資料になるそう。

私は彼の授業を細大もらさずに聴き、生涯にわたって彼に感謝することになったのです。最初は私の教師として、のちには私の父のような友人として。彼は高校時代に私のつくった小さなリノリウム版画のなかになにかを見出して、私の両親に建築に進むのをやめて、版画家としての素養を試みさせるよう説得してくれたのです。

『無限を求めて エッシャー、自作を語る』

彼は”よい教師”といえただろうか。多くの生徒に人気があったが、教えることが人生の宿命だと思っているような教師ではなかった。手を取って教えたのではなく、生徒に自分自身の力で道を切り開くようにと指導していた。作品への批評は、常に厳しかった。しかし、彼の教えた明快な原理は、必ず生徒の深い発展につながったのである……。

『エッシャー・変容の芸術 シンメトリーの発見』

もともと建築家志望だったエッシャーは、メスキータとの出会いによって人生を大きく転回させた。私は、メスキータの「自分自身の力で道を切り開くように」という指導方針のもとに、導かれていたエッシャーらが、たまらなくうらやましい。

最初のエピソードも、もしかしたら

学生の作品が彼の模倣に終わってしまった時は、いつも大変不機嫌だった。

『無限を求めて エッシャー、自作を語る』

とあるように、メスキータ自身がシマウマをモチーフとして扱ったので、別の素材を見つけなさい、という気持ちもあったのかもしれない。

メスキータとエッシャーは互いに尊敬しあい、教師と生徒の関係を超えて深い友情でつながっていた。エッシャーは手紙や作品をメスキータに贈っていたそう。

1944年、アウシュビッツの強制収容所で亡くなったメスキータ。彼の作品は、エッシャーや友人らによって、保管され、戦後に展覧会が行われた。危険を冒しても守りたいとした行動からも、メスキータが愛され、信頼されていた人物だったのだとわかる。

もしもメスキータが強制収容所で亡くならなかったら、人柄がわかる記録ももっと残っていたのだろうか……。

その時々の情勢によって、芸術作品が犠牲になることのないような世の中になってほしい。メスキータについて調べながら、そんなことを思った。

東京ステーションギャラリーでの「メスキータ展」は2019年8月18日(日)までですが、以後は以下の予定で巡回。次は2020年と期間があいてしまうけれど、メスキータの貴重な作品を数多く見れるので、ぜひ。

  • 佐倉市立美術館 2020年1月25日(土)〜3月22日(日)
  • 西宮市大谷記念美術館 2020年4月4日(土)〜6月14日(日)(予定)
  • 宇都宮美術館 2020年7月5日(土)〜8月30日(日)(予定)
  • いわき市立美術館 2020年9月12日(土)〜10月25日(日)(予定)

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